九州大学大学院の伊都キャンパス

私が通っている九州大学大学院の伊都キャンパスです。

私が通っている九州大学大学院の伊都キャンパスです。

大学院も夏休みに入りました。修士課程2年前期もなんとか終えることができました。昨年はほんとうにたいへんでした。「菓子文化論」をまとめてみたいと、昨年4月に九州大学大学院比較社会文化学府の欧米社会科に入学したものの、大学を卒業して30年あまり(!)授業についていくだけで精一杯。特にドイツ語には苦労しました。(しています。)何しろテキストはM Pokies・ウェーバーの『職業としての学問』。なんとかかんとかついていき、よくわかりもしないのに発表もし、2年目の現在はフロイトの『文化の中の居心地悪さ』を読んでいます。

昨年は「とにかく単位をそろえてください」という指導教授のアドヴァイスの下、「ヨーロッパ社会論」「言語と文芸」「ヨーロッパ言語文化論」などきちんと授業にでて発表もし、奮闘しました。
「言語と文芸」では前期はプルーストの『失われた時を求めて』の中にでてくるお菓子マドレーヌに潜む聖なるものと性的なものの二面性を論じ、後期はブリア=サヴァランの『美味礼賛』を取り上げてフランスのガストロノミーの成り立ちを解説しました。
他にもフーコーの構造主義に関する授業では、お菓子の現状を構造種で読み解くならば、などという強引な発表をしたり、北原白秋をカステラで読み解く、というこれまたなんでもお菓子に結びつけることに感心される、という発表もしました。
お菓子以外では、フランスのゴーチエの『死霊の恋』に関する授業で、ゴーチエがバレエ『ジゼル』の原作者であることから、彼の舞踏論との関連を論じました。
どれも荒削りな発表でしたが、資料を読み込み、テーマを見つけ、論を組み立てていくことは、そのまま論文の修練となっています。
先日論文の中間審査を終え、構成は整いました。いよいよ目の前に登るべき山が見えてきました。(三浦裕子)